連日のいいお天気で外の仕事も進む。
暖かくなったとはいえ、まだまだ油断はできない。三寒四温とかいう四字熟語もあることだし。来週に入ってからまた寒くなるという予報だし。薪が必要になるかもしれない。
来年分になってももちろんいいんだから、今のうちに作っておこうと思い、毎日時間を見て丸ノコで木を切る作業を続けている。
少し太めの薪。細めのは焚き付け用に別にしている。少しずつ高くなっていくのが楽しみだ。
もうすぐ3月11日が来る。丸二年になる。
直接震災の被害にあった人の文章を、たまたまこの時期に読んだ。あの日に起こったことや、その後の数週間のことが生々しく書かれていた。
テレビで津波の襲ってくる映像や火事の映像や街がすっかり無くなってしまっている映像などを見て、その悲惨な様子に驚きおののいてはいたが、実際に自分が揺れて倒壊していく様の中で過ごした記述は凄まじいものがある。
あの時どこに居たかで、その後の人生が変わっただけで、助かったのは別に僕がいい人だったわけではない。もちろん偉い人だったからでもないし、お金の有る無しでもない。僕たちはいつ災害に遭うのかは予知することはできない。
津波の大きさの予知は今の技術ではできない、と学者は言っている。原発事故の予知はできなかったとも言えるのか?
結婚してすぐの頃、夜中に大風の音で目が覚めたことがあった。住宅の隣が梅戸神社で、そこの大木が風に吹かれてごうごうと音を立てていたのだった。とても不安になったことを覚えている。生まれて初めて「家族を守らねば!」という気持ちになった。
それまでなんと迂闊(うかつ)に生きてきたのだろう。そして今も、だ。
いざというときに咄嗟(とっさ)に正しい対処ができるのが男であろうと改めて戒めている。