大相撲春場所の千秋楽。毎年荒れるこの場所は今回も千秋楽までもつれにもつれ、ついに大関昇進を当確にしている関脇鶴竜と先場所優勝を逃した一人横綱の白鵬との優勝決定戦となった。
テレビ放送では、本割りで破れた鶴竜の支度部屋での様子や、ようやく同星になって決定戦まで漕ぎ着けた白鵬の土俵下や支度部屋での様子を解説者が両者の心境を推し量って説明していた。
1対1の格闘技であるこの場で闘う両者が望むものは何だろう?鶴竜について「優勝ということより思い切っていくことしか考えていないのではないか。」と言う人もいた。白鵬について「本割りで鶴竜に負けているし、先場所は賜杯を抱けなかったし、横綱として絶対に負けられないと思っているに違いない。」と語った。白鵬の心の内を語る言葉が多かった気がするが、いずれにしてもこの場に来れば両者とも「勝つ!」という思いを高めることに集中していたに違いない。と思う。

取組中は何を考えているのだろうか?
話は変わるが、、、夫婦とも才能があって現在活躍しているおふたりの子育てについて聞いたことがある。自分たちのこどもには普通になってほしいと語ったとか。言葉が精確ではないのだが、「特別才能のある人になってほしいとか望まないし、特別な教育をするようなことはしない。」という意味だったような気がする。
「ふつうでいいよ。」とはどういうことか?本当にそうなのか?
また話を変えるが、、、やはりテレビで、、、「成功を望む人は多いが、望まない生き方もある。僕はそのほうだ。」と言っている人がいた。
「ふつうでいいよ。自分。」と思うときもある、正直に言って。そう思うと急に楽になるものだ。楽にはなるが、この「楽」は続かない。やっぱり望んでいる心が「そうではないだろう?」と気づかせてくれるからだ。憑き動かしているものが何なのかはわからないが。そうやって生きていくのは「悪くないナ。」と思う。